| ◆今だから話せる私の臨死体験 (2001.05.27 HP開設時に記載) |
私は脊髄小脳変性症を発症したのは1985年ですが、バランスが悪いくらいで仕事には差し支えなく、働いていましたが、1997/4/5日
突然気分が悪くなり
かかりつけの病院へ行く途中で意識が無くなり、それからは何も覚えておりませんが、後に主治医先生や家内に話を聞くと意識不明でICUに11日間過ごし、その間原因が解らず、レントゲン撮影しても、真っ黒で取り合えずお腹を切って調べたそうです。
しかし内臓の方は悪い所が見つからず、人口呼吸器をつけ血液透析を3度繰り返した結果少し反応があり手術して12日目に動脈注射をした際に側にいた看護婦さんを蹴ったそうです。その時が微かに意識が戻った時だそうです。
意識が完全に戻ったのはそれから1ケ月あとの事です。その時の様子はベットに身体を縛られ手足には点滴が何本も24時間血圧。心電図。尿の廃出の管とお腹にはまだ管が残っていました。
お腹はまるでラグビーボールのような縫い目でいっぱいでした。意識が無い時に見た夢が、三途の川『臨死体験』だったのか゛ あれから5年目の今日でした。今でも覚えているが真っ赤なバラが一面に咲き乱れており
その赤いバラの花から赤い血がまるで川の様に流れ向こう岸から誰か解らない人が呼んでいるが、当時会社を経営していた関係上確定申告を済ませるまで待ってほしいと、頼んでいる夢を何度と無く見ました。断ったお陰で今の
自分があるのだと満5年目を迎え家内と共に喜んでいますが、死の淵をさ迷っていたのかと思うとどっとしますが、生命力があったのだと思います。
入院するまでは歩けていたのが退院以来車椅子生活になり、寝たり起きたりの毎日でしたが、主治医先生の言葉に、座っていてもリハビリになるよの言葉に、今日もリハビリの1日です。お陰で今は家の中は伝い歩きが出来るまでに回復しました。
手術をして頂いた病院へ診察に行くと先生や看護婦さんが、一度は死んでいたのよと今でも言われます。
手術の跡は今でもケロイド状態で痛みますが、皆さん共にあきらめずに前向きに頑張りましょうね。
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